新型コロナ禍での音楽療法・対面セッション
菅田文子
(大垣女子短期大学・音楽療法コース教授)
制限下でも達成できることは多い
「コロナ禍における対面音楽療法」で留意すべき点はさまざまありますが、セッションで厳守する必須事項として次の点を優先する必要があるでしょう。
1.飛沫を飛ばさない
2.自分以外の身体に触れない
3.楽器や小物を自分以外の人に回さない
4.対象者(参加者)との空間的距離をとる
5.指示伝達の工夫(マスク下での発声・滑舌と、表情・アクションを明瞭に)
6.そのうえで相互の意思疎通とコミュニケーションの確立をめざす
上記をふまえ「(至近距離で)歌わない」、「楽器を使い回さない」ことを条件とした場合でも、工夫次第で音楽療法の目的の多数を達成できます。
・音楽に合わせた運動機能の維持向上
息が上がるような激しい運動ではなく、グーチョキパーを作る、指を順番に折るなどの活動も考えられます。
・音楽に合わせた口腔機能の維持向上
声を出して歌わなくても、口を大きく開ける、意識して形作ることで口筋を動かすことができます。
・音楽を使った言語機能の維持向上
音楽のリズムやメロディーの抑揚に合わせることで歌詞や言葉がスッと出てきます。
・音楽を使った認知機能の維持向上
判断力、記憶力、観察力、集中力、注意分配力、回想を促すことができます。
・音楽による情動調整・情動発散
楽器を持って音に合わせて鳴らすことで発散することができます。
・音楽を使った達成感・他者認知・参加意欲・一体感etc.の獲得
声を合わせて歌うことができなくても一緒に楽器を鳴らしたり音楽に合わせた動作を行うことによって達成感や一体感などを感じることができます。
そのような一例として、大垣女子短期大学・音楽療法コースで行っている現場実習でのセッションをご紹介します。
新型コロナウイルスの影響により、施設実習、特に高齢者施設における実践は2020年から中止となっていました。しかし昨今、施設利用者や職員がワクチン接種済みとなったことから、本学卒業生が勤務する施設より、久しぶりに音楽活動を行いたいという連絡があり、次のような趣旨による下記の内容(表参照)を特別養護老人ホームで行いました。
利用者(入所者)と職員の皆さんはワクチンを接種しているとはいえ、教員、学生とも未接種であることや、通いのデイサービス利用者には未接種の方も含まれるという理由 で、従来のプログラムとは異なる内容を求められました。現在も続く新型コロナ禍において今後も考慮しなければならないことと考えます。決してベストな内容ではないと思いますが、こういう形もできたという一例です。
施設の外部から人を呼ぶのは1年半ぶりということで、スタッフが積極的に利用者を招いた結果、参加者が60名余という大きな集まりとなりました。こうした大きなグループを対象とする1回限りの活動は、音楽療法と銘打つにはイベント的な大規模なものになりがちですが、その中でも利用者の認知機能に合わせた活動を提供するように心がけました。
活動プログラムは下表のとおりで、あらかじめ施設に伝え了承を得ました。
歌唱は避けたいということでしたので、楽器活動や身体活動、鑑賞が主のプログラムとなりました。鑑賞については本学学生が障がい者施設で実践を行ったときの曲目を用いたため、年代的にやや若めの選曲となっているかもしれません。
対面での音楽療法セッション
(令和3年7月21日実施)
注意点:対象者は歌わないようにする。ガイドとしてスタッフが声出しすることはある。
活動
目的
備考
1.海(松原遠く)
『必須100曲 高齢者編p.66』
歌詞を(発声はせず)口を動かしながら無音で歌う
口の動きに意識を向ける
マスクを外し、アクリル板を挟んで口パクでお手本を示す
2.三百六十五歩のマーチ
『必須100曲 高齢者編p.210』
座位のまま上肢を動かす。一部、足踏みあり。
上肢の動きを促す
下記説明イラストを参照
3.うみ(うみはひろいな)
『必須100曲 高齢者編p.65』
メロディーのフレーズごとの声かけを聞いて、相手に勝つように「後出しじゃんけん」を行う
デュアルタスク(異なるさまざまな能力を同時に使う)。
1曲を通じて、聴覚、視覚、注意切替、観察力、判断力、集中力を刺激する
4.ソーラン節
『必須100曲 高齢者編p.70』
「ハイ、ハイ」でリズムをそろえて鳴らす
声が出せなくとも思い切り音を出すことによる発散、リズムを合わせることによる認知機能の促進
楽器配布
(鳴子、鈴など)
5.ミニコンサート
1. アイネクライネナハトムジーク
2. 小さな世界
3. Let it Go
4. 海の声
5. 世界に一つだけの花
リラックスして生の音を楽しむ
楽器を手元に置い
たまま鑑賞。テンポの良い曲では楽器を鳴らして参加していただく
楽器回収
6.瀬戸の花嫁
『必須100曲 高齢者編p.196』
小声で口ずさみながら、四拍子の指揮の動きをする
歌いながら、上肢で指揮の動作の模倣。デュアルタスクによる聴覚、発声、記憶力、視覚、観察力、注意力、上肢筋力の同時刺激と覚醒
教員と学生は1週間前から検温し、行動記録をつけます(当日回収、コピーを取って返却)
三百六十五歩のマーチ 動作
1.イントロは手拍子
2.「幸せは歩いてこな い、だから歩いてゆくんだね」のフレーズは、グーに握った右手を2拍ごと に動かします。「幸せ」で胸の前、「はー」の2拍で前に出す、「歩いて」で胸の前、「こない」で前に出す。右手グーを(胸→前)×4回です。次は左手に替え、「一日一歩、三日で三歩、三歩進んで二歩さがる」で同様に、左手グーを(胸→前)×4回です。
3.「人生はワンツー パンチ、汗かきべそかき歩こうよ」では2拍ごとに左右交互にグーを突き 出します。(右手グーを前、左手グーを前)×4回です。
4.「あなたのつけた足跡にゃ きれいな花が咲くでしょう」では、2拍ごとに両手グーを同時に前に出し、ひっこめます。両手グーを(前→胸)×4回です
5.「腕を振って足を上げてワンツー、ワンツー、休まないで歩け」では腕を振り足踏みします。
6.「それワンツー、ワンツー」ではイントロと同様に手拍子します。
腕を前に出し、横(左右)に出さないので車いすが並んでいてもぶつかることなく、無理なく動かすことができます。児童デイサービスに勤務しながら学んでいる社会人学生が考案してくれました。
うみ
デュアルタスク
方法
:後出しじゃんけんの要領です。最初に音楽療法士が「私に勝ってください」と指示を出し、「うみはひろいな、大きいな」と歌って一度止めて「じゃんけん、ぽん」と言いながら先に出します。参加者は音楽療法士を見て、それに勝つように手を出します。難しいようならば「ハサミに勝つのは何ですか」とヒントを出します。
全員が手を出したのを確認してから次のフレーズ「月は昇るし、日は沈む」と歌って止めて、再度じゃんけんします。
これが簡単にできるようならば、次は同じ後出しの要領で「今度は私に負けてください」というバージョンも行います。
(今回はそこまで進めませんでした。)
ミニコンサートの様子。キーボード3人連弾による「アイネクライネナハトムジーク」。
「鑑賞」の時間ですが、「参加型」とします。数十分の間、ただ聴くだけではソワソワし出し
がちな利用者の方々も、鳴子や鈴などを手にすると、気分に応じて、リズムに合わせて、または
興が乗った時に自然に鳴らすことで、落ち着いてその場にいることができるようでした。
ミニコンサートの様子。キーボード連弾とアコーディオンによる「小さな世界」。
手拍子のできない片麻痺のある人も、鳴子でリズムに合わせた音楽活動ができます。
活動を終えて
高齢者施設で活動をさせていただけたのは1年半ぶりで、今回初めて高齢者施設に入るという2年生の学生たちと一緒に行いました。歌唱は行わない原則のため、歌に入る前の誘導の声かけなどは行いませんでしたが、参加者の方々が自然に小さく口ずさんでしまうのは仕方ないかな、という施設の意向も聞いていましたので、絶対に発声禁止という形ではありませんでした。ただし、マスクを外したり、ずらしている方には施設スタッフがすぐに声をかけてサポートしました。
認知機能が低下している方も多いとあらかじめ聞いていましたが、実際には目の前のお手本を見て動きや鳴らし方を模倣する活動はスムーズに行うことができました。歌いながらじゃんけんをするというデュアルタスクは困難な方が散見されましたので、もし継続してセッションを行うのならば、「簡単にできて楽しめる活動」と「注意や努力が必要な活動」を意識してバランスよく取り入れてゆければと思いました。
参加した利用者の皆さんは大変喜ばれ、終了後に私たちが移動する間も声をかけてくださいました。
施設からは、(今回は60名以上の会場でしたが)後期からは小規模なユニットでも活動してもらいたいと要望をいただいていますので、工夫と配慮を重ねながら少しずつ音楽活動を再開していきたいと考えています。